Topaztan’s blog

映画やドラマの感想や考察をつづっています

いつの間にかフェードアウトする女性同士の愛〜中途半端に終わったデビーとルーの関係性〜『オーシャンズ8』

 『オーシャンズ8』(2018)を、Amazonプライムで先日やっと視聴しました。

 本作は女性だけのオーシャンズチーム、しかもかっこよくてそれぞれ個性的なメンバーの痛快な活躍を描いたということで、上映当時たいへん熱狂的に迎えられました。自分のツイッターのTLでも、観に行った人たちの興奮した感想が次々に流れてきたのを覚えています。もっともまた「女性だけ」ゆえにくさされもし、女ばかりというだけであまり中身のない娯楽映画だ、みたいな感じに言われたりもしました。それに対しては、男性ばかりの映画で中身のない娯楽映画だって今までたくさん作られたではないかという反論などもあり。全体には好意的な評価が多かったように思います。

 さて、そのような前評判を見聞きしてた私はワクワクしながら視聴し、実際とても満足しました。チームそれぞれの個性が活かされ、しかもその個性は「女ならでは」なところはほとんどなく(最後のダフネの色仕掛けは別として)、どんどん計画が遂行されるのが爽快でありました。

 しかし気になるところもありました。

 一番びっくりしたのが、主役のデビーと「相棒(パートナー)」のルーが、初め大変親密な感じなので、てっきりそういう方向で話が進むのだと思っていたら、どんどんそういう雰囲気がなくなっていき、最後には完全にそのような描写が消えてしまっていたことです。これはかなり肩透かしを食らって、自分、なんか見落としてたかな…と、すぐにもう一度見返してしまいました。

 まあ確かに2人がずっと親密でいる必要はないですし、別れたっていいのですが、いくら見直してみても、後半以降は2人の関係性の描写自体が消えてしまうのです。一般的な娯楽映画で女性同士の情愛がちゃんと描かれることが、まだまだメジャーではないことを感じてしまいました。

 あと女性の描かれ方といえば、女優ダフネの描き方を通してルッキズムやエイジズムへの批判的視点が少々示されるのですが、その視点がやや不十分に感じられました。

 以下に詳しく書いていきます。

 

■デビーとルーの「熱い」関係の描写とその消滅

 初めのうち、デビーとルーの2人はあたかも熱い恋人同士のような描写をされます。出所してすぐ、挨拶もなしに要件だけメールしてきたデビーに対し、それにすぐ応えて車を出してくれるルー。デビーが車に乗り込んだ途端、ルーは頭をぎゅーっと抱きしめて熱烈なキスをしています。しかもデビーは何やら詳細な説明もなしに、彼女に資金だけ集めておいてくれとまでお願いしてたようですが、流石にそれはしてなかった様子。それに対してパートナーに裏切られた気分、とデビーに言われて、パートナーじゃない、まだね、と返します。意味深なセリフですね。でもそうは言いながらも、結局拠点になるような吹き抜けのある大きな家を用意してあげており、彼女のために色々準備してあったことが判明します。観客はもう2人の絆を、初っ端からバンバン見せつけられてしまいます。というか全体にルーのデビーへのメロメロぶりがひしひしと感じられます。

 ルーの用意しておいたおしゃれなコートを着て、とある画廊の主催者の男に会いに行ったデビーですが、その男とのやりとりで、彼に裏切られたために服役したらしいことがわかります。帰宅しての会話で、ルーはその男に会ったことをあまりよく思ってない様子。過去のことを引きずってるデビーを気遣う気持ちと、やや嫉妬が入ってるようにも見えます。

 その後デビーはメットガラでの宝石泥棒計画をルーにあかし、ダイナーでランチをとりながらルーに計画に乗るように説得します。

 この説得シーンが、本作中最も2人の恋人同士的な濃度が高い描写といえましょう。

 計画について、あなたを思いながら作り上げたと言うデビー。ルーはにっこりして、それってプロポーズ?と返します。

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 それに対し、ルーの口元に何か食べ物を掬って持っていき、Take a bite!というデビー。字幕では「食いついて」とありますが、これって、結婚式でカップルがよくやるファーストバイトにひっかけてますよね。ルーのプロポーズ?のセリフを受けてのものだと言えます。

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 ルーは、ちょっと憎まれ口を叩きながらもパクリと差し出されたものを食べます。泥棒計画に食いついた表現であると同時に、彼女がデビーのプロポーズを受け入れたとも受け取れる描写です。ルーは、あなたを想いながら〜のあたりから、ずっとうっとりした笑みを浮かべてますね。 

 プロポーズ、ファーストバイト、そして字幕に出てこないけどHoneyという呼びかけ…これらは、これから2人が仲良くいちゃつきながら計画を進めていき、2人の関係自体も進行するのではないかと観客に思わせる流れと言えます。

   ところが!それ以降、ほとんど2人の関係描写はなくなってしまうのです。さっきまでのフラグは何だったのか。

 途中でデビーが自分をはめた画廊主催者の男を犯人に仕立て上げる計画を述べたことに、ルーがひどく憤ることが、唯一2人の関係を表すのみです。ルーは最初の方でも彼へのデビーのこだわりに難色を示してましたが、この時はかなり感情的こ怒っていて、何やら情愛のもつれのようにすら見えます。

 結局、飛び入りしたダフネが積極的に復讐計画に参加して彼の逮捕に結びつけます。しかしそのことについてルーが何か述べることはもはやなく、皆が作戦成功を祝っている中にルーは紛れます。

 そして成功後の各人の様子がそれぞれ映し出される中、ルーはひとりでバイク旅行をし、デビーはひ兄の墓参りをしてシャンパンで乾杯し、2人は全く接点なく終わります。この兄の墓参りは最初の方にも出てきますが、このように締めくくりにもでてきて、この成功を兄に見せたかったとつぶやいて終わるので、一度も実際に登場しないし筋書きに直接関わるわけでもないのに、兄は妙に重要な位置付けに見えます。デビーは、裏切った元恋人への復讐に囚われることといい、兄の思い出に浸ってることといい、どうも男性に行動を左右されてる感じを受けます。

 そして結局、この展開ですと、デビーはルーの想いを利用してただけなんじゃ…という疑問すら浮かびます。まあ、ルーはデビーに尽くしただけで満足かもしれないですが。そして製作側としては、単に女性同士の愛を深掘りしたくなかったからかもしれませんが。いずれにせよ、女性の描き方として今の視点では限界があるなあと感じました。

ルッキズムとエイジズム

 上記の項目で、一般的娯楽映画での女性の描き方の限界を感じたと述べましたが、それはそのほかの点でも感じるものがありました。

 女優のダフネの描かれ方には、ハリウッド女優が晒されれているルッキズムとエイジズムの圧力が反映されています。最初はダフネは、美人だけが取り柄のおバカのようで、オーシャンズのメンバーも、やはり騙しやすいおバカ女優という見方をします。女性が若くて美しければオツムが足りないだろうというステレオタイプな見方がここでまず提示されるのです。そしてダフネ自身、若さと美しさでジャッジされる恐怖を何度も示していました。自分より若い人気女優の出現に苛立ちを覚えており(若い女優の宣伝する香水の名前が「若さ」Youthというのがあまりに赤裸々です)、それをオーシャンズに利用されます。また白いドレスを試着して、太って見えると言ってパニックになります。

 ところが実際は彼女はなかなか鋭い観察眼を持ち、オーシャンズの企みを見破り、最後にはおそらく長年の夢であっただろう、自分自身でメガホンを取って映画を撮るまでになります。自分の見た目をやけに気にしていたというところから、お金がどっさり入ったらアンチエイジングや着飾ったりするのに使うだろうという観客の予想を見事に裏切るものです。この、美人で派手だとオツムが足りないだろうというステレオタイプを打ち破る映画としては『キューティー・ブロンド』(2002)などがありますね。

 しかしそのルッキズムやエイジズムへの批判も、中年のデザイナー、ローズを最後まで道化的に描いたことで、やや中途半端になってる印象です。ローズは以前は成功してたものの今は古臭いデザインしかできない中年のデザイナーで、それは自他共に「加齢のせい」となっています。それが払拭されるシーンは最後までなく、彼女は得たお金で借金を返し復帰を果たすのですが、デザインの才能が結局戻ったのかどうかわかりません。そもそも彼女はヴォーグ編集長と懇意という設定ですが、それもあまり描写されておらず、作戦実行中も、フランス語ができるということくらいしかなんらかの才能を発揮した形跡がありません。あとは彼女が多少名の知れたデザイナーであるという立場を利用した作戦の駒になってるだけです。彼女は全体的に挙動不審でコミカルな役回りを果たしており、パッとしない中年女性を変わってるねと面白おかしく描写するというコンセプト自体が、ちょっとどうかなと思います。

 外見や年齢でバカにされる存在のうち、若くて美人の方は復権を果たし、中年で不美人の方はそうならないという不均衡がまだまだこの映画では存在しています。

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 以上、『オーシャンズ8』の感想でした。上記のように今の視点だとやや食い足りない面もありますが、女性同士が連帯した爽快な活劇として楽しめる作品ですので、おすすめしたいと思います。ただほんと、できればデビーとルーの関係を最後まで観たかった…とつくづく思います。