Topaztan’s blog

映画やドラマの感想や考察をつづっています

ポンコツ経営者アリシェム・心の変化の表現がセリフ頼りの「ヒューマンドラマ」・微妙な神話への目配せ〜ちょっと色々残念だった『エターナルズ』

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 『エターナルズ』を初日に鑑賞してきました。まず、地理的にも時間的にも壮大なスケールの物語と、10人もの様々な個性を持つヒーローをよくまとめ上げて交通整理したなあという印象を持ちました。各ヒーローはしっかり描き分けられていてそれぞれに魅力があり、また今までのMCUとの繋がりも一応無理なく説明されており、色々とそつなく作り上げられた感じです。また聴覚障害を持つマッカリが、周囲のコミュニケーション含め実に自然にグループの一員として描かれており、逆に今までそういうヒーローが娯楽映画で描かれなかったのが不思議な感じを受けました(目が見えないヒーローは、デアデビル、チアルート、日本で言うと座頭市などがいましたが)。ゲイのヒーローもしっかり描かれており、そのような意味でも世界の現実を自然に反映させる脚本とキャスティングを感じて好感を持ちました。

 もっとも幾つかの点で引っかかるところがありました。

 一番思ったのが、「恋愛描写、たるくないか」ということです。MCUの映画、私は今まであんまり恋愛描写が上手いと感じたことがなかったのですが、今回ダントツに下手な印象を持ちました。特にセルシとイカリス。なので今回のキモである、最後にイカリスがセルシへの愛の記憶から改心するシーンは、何だかな〜と白けた気持ちに。愛が地球を救う、そういう風にすること自体も古臭いなあと。

 また登場人物の心理やその重要な変化が、ほぼセリフでのみの説明になってるのも大いに気になりました。どのような具体的な経験を通して彼らがそう感じるようになったのか、ほとんど描写がないので「何で君がそう思うんだ」とたびたび言いたくなり。それは先の恋愛描写の問題の理由でもあり、細かい積み重ねがないままなんとなくの雰囲気で進んでる感が。また逆に、その経験をしてなぜその結論になったのか、むしろ逆になるだろと思うことも。様々な感想を見ますと、本作を褒めるにしろ批判するにしろ、「ヒューマンドラマ」描写が多かったとする人が多いですが、私はむしろそこが薄かったと思います。


 そして今回のある意味ラスボスっぽいアリシェム。正直、デカくて思わせぶりな割にはポンコツすぎんか!???という気持ちでいっぱいになりました。物理的飲みならず知的にも圧倒的に絶望させる存在だと思ってたら、粗忽もいいところ。もしかしたら今後制作される映画なりで、今回の話を覆すような深慮遠謀みたいなのが出てくるのかもしれないですが、本作だけを見る限りヘマばかりという印象でした。

 あと神話の料理の仕方が、ちょっとなんだかなと思うところがちらほらありました。神話の要素をちょいちょい取り入れてはいるのですが(イカルスがイカロスの謂で、太陽に近づいて死んじゃうとか)、でも多分神話をある程度知ってる人は逆に混乱するような。


 以下に詳細を述べていきます。


スゴイ存在の割にはシステム作りが下手くそなアリシェム


 エターナルズのボスであるセレスティアルズのアリシェムは、強大なを持ってて銀河や生命を生み出せる、神のような存在です。しかしその割には組織管理者としてかなりポンコツです。エターナルズの行動を逐一チェックするわけでも、頻繁に報連相させるわけでもなく、エターナルズの一員を中間管理職に仕立ててほんの時折通信する(どうもエターナルズ側はコンタクトできない)のみ。そのおかげで事前に離反を察知できず、あとから何やってくれるんだと詰める程度です。

 そもそもデヴィアンツの設計にミスがあってコントロールできず大問題になってるのに、エターナルズも結局、設計段階で先住民に愛着持ったり自分に離反したりするような自由意志を持たせるように作ってしまい、コントローラブルなシステム作りと管理がほんと下手だなあと。スゴいんだかダメなんだかはっきりしてほしい。

 めちゃくちゃ巨大で、なんか口もないし目が6つだし、人智を超えた、絶望感を誘う圧倒的存在に描きたいんだろうなあということは伝わってくるんですが、その割になので、観ていてとても違和感がありました。


 北村紗衣さんの批評では、アリシェムが中国社会の比喩ではないかとありました。そのように考えれば、制度設計が下手で学習しないという「人間くささ」は致し方ないのかもしれないですが、神のようなスゴさを演出したい感じとは矛盾してると思いました。また北村さんの批評でエターナルズの話が普通の職場の話っぽいという観点が出ましたが、そのたとえでいくとアリシェムはさしずめポンコツ経営者というところです。

 「戦う相手は有害な男性性 マーベル映画『エターナルズ』を、現代のリアルな人間ドラマとして読み解く」by北村紗衣

https://www.gqjapan.jp/culture/article/20211105-eternals-movie


■ ほとんどセリフで説明される心情、描かれる経験と心情の辻褄問題(伏線ー回収が少ない)


 10人のヒーローを限られた時間内で動かすのはさぞかし大変だったろうとは思います。それにしても彼らの心理について、あまりにも口頭での説明が多いのは気になりました。しかもその説明は納得性の高いものでもないし、説明自体もないものもある。たとえばエターナルズメンバーが地球人を助けたいと思うかどうかって、地球人への愛着度合い、あるいは軽視度合いの濃淡が重要だと思うのですが、各人にくっきりした差があるように見えませんでした。ヒューマンドラマにしては、あまりにも心情の辻褄を合わせようとする努力が見当たらず。以下に特に気になったメンバーについて述べていきます。


<エイジャック>

 彼女は

1)アリシェムに忠実であろうとした

2)人間の中に立ち混じってみて、人間の酷さもわかったが愛すべき存在であることもわかった。特にサノスを倒したのに感銘を受けた。

3)アリシェムの計画を阻止しようとした

 という、かなり劇的かつ物語上重要な心情変化を遂げます。しかしそれは全てセリフで語られてるのみなのです。特に2)とか、具体的に地球人とどういう交流をしたか語られないので、薄っぺらいというかなんというか。そして人間の中でも超特殊な人たちの英雄的行為を決定打にするってと。そもそもサノスを阻止しようとしたの地球人だけじゃないし。


イカリス>

 イカリスは今回の物語のキーマンですが、意外と心情が追いづらいです。

 彼ははじめセルシを好きになるんですが、彼女の内面のどこを好きになったか特に語っておらず、美しいとだけ言ってます。しかし彼女の影響を受けてバビロニアの言葉を覚えたり、民衆と一緒にパンを捏ねたりしてるのを見ると、彼女の地球人を愛する気持ちに寄り添おうとしてる側面も見られます。自分から率先してでははなさそうですが、全く地球人に興味ないとかではなさそうです。

 が、アリシェムの指示の件を知るとセルシを離れるし、計画遂行を当然のものとみなします。セルシの影響もたかがしれてたというわけですね。しかしエイジャックを殺してまで計画をなんとしても遂行しようとするくせに、セルシの最後の頑張りを見て、なんかバビロニアとかの過去の思い出をわーっと回想して改心。なんかなあなんかなあ!!ずっとセルシのあり方彼の本質に影響してなかったというのにいきなりすぎるだろうと。そしてイカリスという名前に引っ掛けた、突然の太陽突入死。色々唐突すぎて私は目を回したクチでした。

 彼はいかにもなヒーロー然とした戦い方だし自分が一番強いと思ってそうで、エイジャックに後継者に選ばれなかったのを不満に思ってそうですが、あんまりガチガチに俺についてこいとか態度で示すわけでもないし、他人を見下すわけでもない。それどころか割とおとなしめな感じです。そういう、一見感じいい人だけど実は有害な男っぽい規範に囚われてた権威主義者だったのだ!という意外性を狙ったんでしょうが、それが結局色々な唐突感に繋がってると思います。


<キンゴ>

 彼がなぜ基本的にイカリス側なのか、私はこの点が一番不思議でした。

 キンゴは自分で主演するのみならず制作もしてしまうくらいの映画好きです。どうもキャストやスタッフにも気遣いしてるし、演じること、みんなで作ること、みられること、全てが好きでたまらない映画オタクという感じです。そのように映画という地球人の文化をこよなく愛してるキンゴが、アリシェムの指示なら地球人滅亡も仕方ないしイカリスについて行く、と、サクッと一旦はなるのが、なんとも奇妙に思えました。そんなに打ち込んだ趣味を一緒に楽しんでくれる人たち、自分のスターぶりを楽しんでくれる人たち(多分地球人以外ではこんなことは起きない)が消滅する危機ならば、もっと激しい葛藤があって然るべきだと思うんですが。

 もちろん完全にアリシェムやイカリス側でなく、今回の戦いに参加しないという態度で気持ちの板挟みを表現しています。正直これはかなり卑怯だなあと思うのですが、まあそれは置いといて。

 そもそも彼の「ボリウッドスター」設定も、あんまり作り込まれていません。ミュージカルシーンの振り付けや音楽が今のボリウッドのものではなく、安っぽいパロディみたいであることは結構指摘されてますが(歌がなんと、ヒンディー語ではなく英語!!)ことほどさように彼のアイデンティティであるボリウッド要素は割とやっつけな感じです。キンゴ自身あんまりダンス上手くないし。

 こちらはエターナルズのボリウッド描写についてがっかりしたという話の動画です。

https://youtu.be/7A3bP8vtwrk

 こちらはボリウッド描写を批判したツイートの例。

 https://twitter.com/gandhirks/status/1455492443336417282?s=21

 監督がいわゆる「オタク」気質で、日本のアニメなどのオタクであることを公言してるのを見るとかなり意外な気がします。自分の興味が湧かない分野のオタク的作り込みはしないんだという。もっとボリウッドスターの設定を活かしてほしいと思いました。


<ドルイグ>

 彼はエターナルズが解散したあとアマゾンの奥地で、地球人と共にコミュニティを作っていました。

 彼は全人類を操って平和な世の中にしようとしたが、そうしたら人間じゃなくなるから(多様な存在でなくなるから?)と、思いとどまったと言います。なんで彼が地球人の多様性を重視するようになったのかよくわかりませんこんなに重要なことなのにまたしてもセリフのみ。しかも結局彼はコミュニティの人間のマインドコントロールしまくってるし、人間をモノのように操ってるのであんまり人間の意思を尊重してるように見えません(ワンダヴィジョンといい、マインドコントロールするという行為をMCUはあんまり甚大な人権侵害と捉えてないフシも感じられます)

 その彼がアリシェムの命に逆らってまで人類滅亡に反対する立場というのは、なかなか不思議な気持ちになります。


<セルシ>

 彼女が地球人に愛着を持ってたのはよく描写されてて、その方面では特に問題は感じませんでした。が、イカリスのどこを好きになったのかよくわからなかったので、若干モヤモヤしました。先にイカリスのセルシへの愛がどこからきてるのかよくわからんという話をしましたが、お互いそんな感じなので、最後の2人の愛が地球を救った!的展開がいささか興醒めにうつってしまいました。まあ、恋愛描写が上手くないなあというのに尽きますが…


神話の料理の仕方が微妙

 元になった神話の神や英雄の属性を確かに多少受け継いでるものの、充分活かしきれてないのではと、何人かのキャラを見て思いました。せっかく世界中の神話伝説を思う存分活かすチャンスなのに勿体ないなあとも。この辺りは好みの問題が大きいかもですが。


イカリスとファストス>

 イカリスはイカロスのモデルみたいな感じに劇中で語られてるし、最後太陽突入で明らかに神話要素取り入れてます。

 で、イカロスの話って、「技術を過信した人間への戒め」なんですよね。ところがこの技術と人間の問題って、劇中ではファストスが受けもってるんですよ。広島の原爆とそれに伴う人間に技術を与えすぎた後悔って、まさにその意味合いですよね。対してイカリスは技術にあんまし興味なさそうで。そこが神話好きとしては、かなりもやもやしました。


ギルガメッシュとセナ>

 ギルガメッシュは、言わずと知れたギルガメッシュ叙事詩に出てくるメソポタミアの英雄王の名前から来ています。しかしギルガメッシュがセナ=アテナを愛するというのは、神話からは出てこない設定です。

 セナはアテナに相当すると繰り返し言及され、戦いの女神らしい華麗な戦闘能力を見せますが、それ以外ではあまりアテナぽい性質は見せません。彼女はむしろシャーマニックな特性を持ち、周囲からは精神的に不安定とみなされてますが実は夢に出てきたことが現実だったと後に判明します。

 さてギルガメッシュ叙事詩を見てもみますと、ギルガメッシュは実は最愛のパートナーを持っていることがわかります。それは同性の英雄エンキドゥ。彼はギルガメッシュの半身のような存在で、女のような長い髪を持ち、勇猛果敢で、夢占いにたけています。彼の夢占いは2人の冒険に深く拘ります。彼の死をギルガメッシュが激しく悼んで、荒野を彷徨います。

 このようにみていくと、セナの「強い戦士」「夢によって真実を見る」「ギルガメッシュと深いパートナーシップを結ぶ」という性質は、どうもエンキドゥから移植された性質のように見えます。

 セナとギルガメッシュの深い絆はとても印象的で素敵な話でしたが、個人的には、ギルガメッシュのパートナーは神話通り同性のエンキドゥにしてほしかった気持ちがあります。ファストスの同性パートナーの描写も素敵でしたが、別にもうひと組出したっておかしくはないでしょう。



 以上です。他にも色々辻褄合わないんじゃというところありましたが、とりあえず。

 素敵な描写も色々ありましたが、上記の理由で色々残念でもあったなと。