Topaztan’s blog

映画やドラマの感想や考察をつづっています

『フリー・ガイ』〜その一歩が踏み出せない若い人向けの物語だが…〜

 『フリー・ガイ』(2021)をディズニー+で視聴しました。ネットではかなり評判よかったので、とても楽しみにしてました。

 結論から言えば、私にはあまり「刺さらない」映画でした。かわりばえのしない毎日、何か少しでも名をあげることなど一回もなく、無名のまま生まれて死ぬ。そのような平凡な人間のおそらくメタファーである「フリーガイ」が、恋をきっかけに今までの自分の殻を打ち破り、新しい一歩を踏み出すことでめきめき成長するさまを描いた本作は、一般的に考えれば面白くないわけありません(ちなみに彼の別名ブルーシャツ・ガイは、ブルーカラーを連想させます)。私も自分がヒーロー側かモブキャラ側か問われたら、完全にモブキャラ側で、フリーガイに感情移入して然るべきでしょう。ところが残念なことに、最後まで自分ごととして感じることはできませんでした。人生も半分以上過ぎてしまった私のような人間には、少々楽観的すぎ、ありふれた教訓だったからかもしれません。ただ、若者には有効なメッセージを発しているのかもしれないと思いました。


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 主人公(一応)のガイは毎日同じことをして同じことを言うように定められたモブキャラで、自由意志など許されてません。ちょっとでも変わったことをしようとすると周囲からとても奇妙な目で見られたりたしなめられたり。それを自分自身、特に疑問もなく受け入れて平穏な生活をしていました(銀行強盗や殺人が頻繁する生活ですが)。ところがヒーローの女性、モロトフ・ガールに恋したために、気持ちが変わります。ヒーロー側のキャラから、ヒーローになれる条件であるサングラスを奪って、それをかけると見えるミッションをクリアしながら次々にレベルアップし、有名人になります。そして意中の女性であるモロトフ・ガールにアプローチし、最終的には自らの住む世界を救い真のヒーローになります。並行して語られる、リアル世界での主人公であるゲーム開発者の男女も、ガイとある意味シンクロした成長を遂げます。

 この、無名の一般人がひょんなことからすごいパワーを得る、なにもでもない自分が何者かになれるって、もう王道中の王道ストーリーですね。この「サングラスを入手する」というのは、競争のスタート地点に立つ、「何か実力発揮の場を得る」と言い換えることができます。つまり機会さえ得られれば、あっという間に成功するよ、君はその機会を得ようと考えもしてなかっただけで、と、視聴者に語りかけてるのです。

 これは機会自体をシャットアウトしがちな若者にはとても有効なメッセージだと思います。若者は往々にして、極度に周囲の反応を恐れがちです。いつもと違うことをして奇異の目で見られ、慌ててそれを撤回するガイのように。私自身の10代20代を振り返っても、ひどく臆病でハナから色々諦めており、どうせ自分がやったってうまくいかないだろうという決めつけに満ちていました。よく若い頃はなんでもチャレンジするものだとかそういうイメージで語られることが多いですが、考えてみれば若いということはうまくいった経験自体が少ないということでもあり、恐れも当然大きいわけです。

 この映画は、そんなこと気にするべきではないと強く語りかけます。始めの一歩を踏み出しかねてる若者の背中をドシンと押してくれる作品です。


 しかし中年になりますと、様々な経験が増える一方で、新しいことを始めたからといって何か変わるわけでもないし、何か素敵な機会がめぐってくるわけでもないことも、嫌というほど経験します。新しい料理のレパートリーを覚えたからといって、新しいコミュニティに飛び込んでみたからといって、毎日が潤うわけでもありませんし自分を認めてくれる誰かが現れるわけでもありません。新しい趣味を始めたって、長続きしなかったり、長く続けてもパッとしなかったり。あれこれしてみても、結局つまらない、成功しない人生だったと虚しい気持ちで振り返ってばかりのことが多くなる。

 そういう中年には、自分の殻を破って少しでも新しいことやってみようという自己啓発系メッセージはうんざりするものでもあります。うん、色々やったけど、結局モブのままだったよと。しかも映画では、その一歩を踏み出した途端、何の困難もなくとんとん拍子にヒーローの道を歩みます。その様子もあんまり現実みがあるように見えませんでした。まあ現実ではないのですが。


 またそういうメインメッセージの他にもいくつか気になることが。ガイの親友が黒人男性で、白人ヒーローのサイドキックが黒人というのはなんだかなあというのを感じました。その点についてはMCUドラマ『ファルコンアンドウィンターソルジャー』(2021)でも批判されていますね。

 またガイとヒロインの恋愛模倣も少々退屈であった上に、これって結局代理の恋だよね?という感じも。ガイとモロトフ・ガールを結びつけるアイスクリームの好みも、彼女の現実の存在であるミリーの好みを、ミリーを愛するキーズがプログラムしていたせいであります。ガイは結局キーズの分身のようなものというか、キーズをよりよく感じよく情熱的にした存在といえますし、実際に彼女のそばにいながらちゃんと告白せずにプロムラムしたAIに想いを投影するというのもなんだかなあと思いました。お互い理想化した自分同士で恋愛を育んでからリアルで恋愛をスタートさせるというのも、あまり傷付かずに済む恋愛パターンとして若者向けといえばそうなのかもしれません。

 いずれにせよ、若いうちに見た方が楽しめる映画かと思いました。


 ※あと私がこの映画に乗れなかった個人的な理由として、映画の面白さの重要ポイントである、ゲームあるあるを実写でやるということでは、すでに2020年にYouTubeで似たようなことをやっている集団のパフォーマンスを見てしまったというのがあります。予算や規模はこの映画と比べ物になりませんが、あるあるの再現度では引けを取らないというか、むしろ創意工夫の点で上回ってるかもしれません。

https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2008/07/news154.html