Topaztan’s blog

映画やドラマの感想や考察をつづっています

『ソー』(2011)におけるロキの抑圧と疎外 ー 親のダブルバインドと異民族の出自に苦しむ子供としてのロキー

1.初めに


 ディズニー+で配信されているドラマ『ロキ』をよく味わうために、今までのソーシリーズを見返しています。今までも何回も観てきましたが、改めて見直すとまた色々発見があります。

 中でもそもそもの初めの『ソー』(邦題『マイティー・ソー』)(2011)は、全体にシンプルながら大変よく考えられた構図やアングルが用いられているのに気づきました。


 映画において構図やアングル、明暗や色彩、人物の位置関係などは、セリフに表しきれない状況、あるいはセリフとは逆の状況を巧みに描き出し、ストーリーに重要な意味合いをもたらします。構図内の位置関係や大きさが力関係を示したり、画面の色や区切り線が様々な意味をもったりします。


 そしてそのような映画の文法の視点で見ていくと、アスガルドの宮廷の人々という我々に馴染みのない世界の登場人物の力関係や心情などがわかりやすく伝えられているのがーとりわけロキの受けている抑圧や立場の低さなどが、細かやかな描写を積み重ねて浮かび上がってくるのがわかりました。


 結論からいうと、

オーディンと対等に扱われやすいソーに比べて、ロキは扱いが公的にも私的にも小さく、抑圧され疎外されている。それは少年期の扱いと対照的である。

3度にわたって親兄弟や友人の間で発言できないシーンが描かれ、最後はオーディンに威嚇されて発言を封じられる。

・しかし彼は親からは言葉上の「愛」を受け取っており、親を憎みきれずダブルバインド(二重拘束)状態に悩んでいると考えられる。


 ということがカット分析から見えてきました。

 ロキのドラマ第4話で、アスガルドの王子にもかかわらずシフからに扱いがあまりにひどいので驚いている人が結構いましたが、上記のことを踏まえるとかなり納得のいく描写です。日頃のそのような抑圧に加えて、そこにロキの出自問題が発覚したため、物語は一気に従来の関係を破壊する方向に走り出したのです。


 以上のことを、アスガルドのパートを中心に読み解いていき、ロキの悲劇の元はなんであったのか考察します。



2.映画分析


〜プロローグ部分〜


 さて映画は、地球で科学者のジェーンたちが、夜に不思議な気象現象を観測していると、何者かが落ちてきて乗っていた車にぶつかったことに気づくシーンで始まります。その何者かは後にソーとわかるのですが、アスガルドの世界と人間世界が交差したことを告げる重要なシーンです。このシーンが終わった後、オーディンの語りで神話的な物語が語られはじめます。

 アスガルド軍が、昔地球に侵略したフロストジャイアントと戦った顛末が勇壮に描かれます。フロストジャイアントの軍団にドーンと光と共に落ちてきて現れたのがオーディン率いるアスガルド軍で、瞬く間に討伐します。これもまたアスガルド世界と人間世界の交差であり、先程のシーンで落ちてきたのがアスガルドの者であることも暗示します。そこで舞台は、その物語をしていたアスガルド宮廷の武器庫に写ります。



■ 平等に扱われる兄弟、優しい父ー後の大人になった時の差を劇的に表すための伏線ー


 アスガルドの武器庫で最初に話すのはロキです。ソーとロキはかわるがわる話しており、両者は対等な立場なのが伺えます。むしろロキの方が大人びでしっかりした感じで、自信もありそうです。オーディン2人を特に区別してる様子もなく、二人のうちどちらかが王位につくと示唆しています。シンメトリック2人を左右の手でつないでいるの構図もそれを示しています。王ではありますが、普通の優しい父のようです。 

f:id:Topaztan:20210712134511j:plain

f:id:Topaztan:20210712135017j:plain

f:id:Topaztan:20210712135051j:plain

 しかし途中でカメラは引きになり、父を追ってかけていく二人に代わって飾られているムジョルニアをクローズアップします。暗がりの中ほのかな灯りに浮かび上がるムジョルニアは、どこか不吉な雰囲気すら漂わせています。ムジョルニアを持てるかどうかが王の資格と連動し、将来兄弟を引き裂くことを暗示しているようです。

f:id:Topaztan:20210712135121j:plain



王位継承式典 ー 公的な場での家父長制的序列とソーとロキの立場の変化ー


 次の瞬間写るのは、巨大な王宮の広間です。先ほどの宝物庫での親子の私的な空間ではなく、公の場であることが強調されます。シンメトリックな構図で、左右に群衆、前方に玉座、手前に大人のソーという配置。このシンメトリックな構図はアスガルドの威容と威信を強調するのに好んで使われます。

f:id:Topaztan:20210712135354j:plain

f:id:Topaztan:20210712135453j:plain

 ソーから玉座まで一直線で、遠近法によって大変距離が近く見え、ソーが王座に着くのはあまりにも自明のように演出されています。

 ソーは大歓声を受けて満面の笑みで群衆の間を通ります。武器庫のシーンで映ったムジョルニアは彼の手にあり、得意げに振り回しています。軽口を叩きつつ嬉しげな女性(シフ)、厳粛な面持ちの王妃、が次々に写されていきます。

f:id:Topaztan:20210712135535j:plain

 ここですぐにロキが出てこないのは要注意です。観客は、先程あんなに幼いソーと親密そうだったロキはどこへ行ったのか、と不思議に思わせられます。ロキはだいぶしばらく経ってから現れ、存在感が非常に薄いことが示されます。(実はちょっと映ったシフの画面の右端に太ももが映ってるのですが、普通気付きませんし誰のかわかりません)


 そしてオーディンが写ります。今までで最も大きく映しだされたオーディンは、しかし今までの人物たちと異なり、なぜか憂鬱そうな表情です。ソーが映ったあとショットが切り替わるとますます大きなアップになり、作り手がソーを見ているオーディンの表情に注意を向けていることがわかります。彼はソーに対して何か憂いを持っていることが見て取れ、それはのちのソーの王としての資格問題が浮上することを先取りしています。

f:id:Topaztan:20210712135600j:plain

 大変巨大な王座へのきざはしの前にソーがひざまづきます。そこには秩序だって人が立っており、その位置関係には序列があることを感じさせます。

 そもそも一般的な国の王座としては少々不思議な感じです。きざはしが巨大すぎ、王妃の座がありません。これはオーディンの権力が突出して絶大で、その他の貴族はもちろん王妃や王子などの王族とも隔絶していること、王のみが一身に権力を握っているという、大変家父長制的な世界であることを示しています。

f:id:Topaztan:20210712140738j:plain

 ちなみにこちらは19世紀の王と王妃の戴冠式の絵です。

https://en.wikipedia.org/wiki/Coronation_of_the_Danish_monarch

 アスガルドが家父長制的世界であり、女性の地位が低い(王妃すら臣下と同じエリア)というのは、後のソーがシフに語りかけるシーンに出てくる、女性だからとばかにしてきた連中を〜の下りでもわかります。彼の言葉から、女性戦士はアスガルドで珍しい存在で、侮られるというのがわかるのです。『ソーラグナロク』で出てきた女性戦士たちヴァルキリーがいたことは今作では言及されておらず、少なくともそのような伝統は絶えていたと言えます。


 ソーがウィンクします。ロキにしたのかな、と思いきや、王妃が映って、どうやら母たる王妃に向かってウインクしたことが察せられます。

f:id:Topaztan:20210712140824j:plain

f:id:Topaztan:20210713130414j:plain

 次いでチラリと視線をどこかに向けますが、次に映るのはきざはしに立つウォリアーズスリーです。彼らはにこやかに頷いて見せます。

f:id:Topaztan:20210713130457j:plain

 いずれもロキが出てきません。

 これらの眼差しやウィンクは、ラフで人懐っこいソーの性格を示すと同時に、彼の関心が今どこにあるのかを間接的に示しています。ソーがこの喜びの瞬間を分かち合ってるのは母や友人であり、ロキではないのです。

 観客は、ますます幼い時からのソーとロキの間柄の変化を感じざるを得ません。


  オーディンが立ち上がり、ソーに語りかけます。オーディンの息子などの儀礼的な並列の呼びかけの中で、「我が後継者」と言うところがあります。

 そこで素早くカットが切り替わり、金の兜を被った青年がミディアムクローズアップされます。彼は目を閉じて少し顔をそむけ、まるでその言葉を聞きたくないというかのようです。そう、それがロキで、大人のロキがようやく初めて、はっきり映るシーンです。

f:id:Topaztan:20210712140852j:plain

 観客はなんとなく彼がロキだなと悟りますが、奇異な印象を受けるのは否めません。少年期はソーと随分仲良さそうだったのに、ソーの関心外なのはなぜか。またロキ自身冷たくよそよそしい雰囲気で、オーディンがソーを「後継者」と呼んだのがなぜそんなに気に入らないのか。いずれにせよ、ソーの関心にしろ、公での立場にしろ、ロキの立場は相対的に低いということ、ロキも何やら不満を持っていることが観客に強く印象づけられます。しかもこのカットでは、彼とインタラクティブな関係にない廷臣たちが背景に映っており、廷臣たちと交歓するソーと対照的です。


 また別のカットでは、斜め上からのアングルで撮られています。チラリと上目遣いで父を伺う感じです。兜に隠れてあまり顔はよく見えず、彼が色々隠し事をしていることと呼応しています。しかも下のきざはしに立っているシフは、明らかにむっつりと疑い深そうにロキを見ています。明るく屈託なく誰からも愛されてるソー、どこか周囲から孤立していて疑わしい眼差しを注がれるロキ、が対比的に描かれています。

f:id:Topaztan:20210712140950j:plain

 先程のきざはしを水平のアングルで捉えたカットが写ります。

f:id:Topaztan:20210712141017j:plain

 オーディンとソーの繋がり、およびオーディンを頂点とした宮廷の人々の関係が、幾何学的でシンメトリックなラインで視覚化されています。三角形を描くシンメトリーは最も安定した構図であり、金色に輝く玉座や壁面なども相まって、崇高さや永遠性を感じさせます。

 先程も映ったこの階層の図が、よりはっきりした形で映るのは重要で、観客に改めて序列を印象付けます。王妃と王子ロキはオーディンのずっと下にソーの友人たちと混じって並んでおり、ロキに至ってはホーガンより下の階層にいます。ロキが臣下たちから侮られる描写がありますが、そのような地位の低さを予感させます。

 さて、オーディンが王位継承者として認める発言をしようとすると武器庫の異変に気付き、カットが変わります。



幼い時と変化した関係性 ー オーディンと対等に議論するソーと喋れないロキー


 舞台は再び武器庫に移ります。オーディンを挟んだ兄弟のシンメトリックな構図は、以前の幼い時と変わらないように見えます。

 しかし光を背景にした前回と比べると、暗めの色調で不穏な感じです。

f:id:Topaztan:20210712141400j:plain

 何より前回とはっきり違うのが、ソーはオーディンと対等に喋り、ロキは全く喋らないという差です。幼い時と一緒の場所、一緒の構図にしたのは、その対比をはっきりさせるためと取れます。


  ソーの存在の大きさは様々な点で強調されています。

 まずソーはオーディンのぼそぼそ声の説明に対して大声で詰問していきはばかりません。もはや父の言葉を素直にきいて喜んでいた子供ではなく、オーディンに対して対等に意見を述べる存在なのです。彼はオーディンを挟んで観客に向かって左側に立っているので左側のカットが多いですが、しゃべりながら度々中央にインしてきており、やはり中央にアップで映るオーディンと対等な印象を与えます。

f:id:Topaztan:20210712141916j:plain

f:id:Topaztan:20210712142448j:plain

 3人一緒のカットも、次に映った時はソーにより大きな空間がさかれ、ロキは横向きでソーを見ており、シンメトリックな構図が崩れているのがわかります。

f:id:Topaztan:20210712142716j:plain

 最後の方は左側に映るソーと右側に映るオーディンが交互に映され、二人の対立が明確になります。光を背にして立つオーディンとそうでないソーの対比は、どちらが権威あるかを明確に示しています。

f:id:Topaztan:20210712142956j:plain

f:id:Topaztan:20210712143023j:plain

 時折それぞれの肩越しのカットも。完全にオーディンもソーもお互いのことしか眼中にないといった感じで、二人だけの世界を強調します。このような撮り方は後のソー追放のシーンでも反復されます。

f:id:Topaztan:20210712143220j:plain

 対してロキは、二人の口論の間、終始右側に立ち、目線だけ動かして口論の様子を伺うだけで、最後まで発言しません。

 彼が右から中央にインすることもありませんし、アップの大きさも彼らほどではありません。彼の意見は全く求められず、あたかもその場にロキはいないかのような扱いです。彼は父や兄の動向に関心がありながらも、兄のようには扱われず口出しできない状況であるのが如実に表されており、王位継承式典での影の薄さは、立場の弱さは王家の私的な空間でもそうであることがわかるのです。そしておそらくは彼の不満な様子も、このような兄との扱いの差に起因してるのではないかと観客に推測させます。

 この「発言させてもらえないロキ」というモチーフは、この後繰り返し描かれ、彼がアスガルド宮廷でいかに軽んじられているかを描き出しています。

 少年時代の、平等に扱われ屈託なく積極的なロキとはもはや全く変わってしまったのです。

f:id:Topaztan:20210712143340j:plain

参考

f:id:Topaztan:20210712143540j:plain


初めて発言するロキ ーただしそそのかす弟として


 武器庫から帰って、色々憤懣やる方ないソーがテーブルをひっくり返すカットでこのシーンは始まります。

 怒りながら階段に腰を下ろしたソーの背後からロキが現れ、スッと寄り添って兄を肯定します。これが映画で初めてロキが話すシーンになります。また初めて中央にしっかり映り、フォーカスされているシーンでもあります。

f:id:Topaztan:20210712143615j:plain

 兄上が正しい、と言ってますが、どうも兄をそそのかして暴走させようとしてるようです。大人ロキになって初めて述べる言葉が、自分の正直な意見ではなく、兄をおだてて誤った方向に行かせる言葉というのは、ロキの性質にふさわしい描写です。ソーは自分をおだてる言葉にはすんなり乗ってしまい、自分が正しいと思い込んで友人達を巻き込んだヨトゥンヘイムへ向かうことにします。


 このシーンではロキはソーと一緒に並び、喋るので、一見幼い時の対等さを回復したかに見えます。しかしロキの制止を振り切ってどんどん物事を進める様子は、やはり力関係がソーの方が強いことが察せられます。


 ちなみにこの背後の柱の影から現れるカットは、はじめ足だけしか映らず、大変胡散臭く見えます。また階段が斜めに見えるアングルも多く、不安定で不安な印象を与えます。

f:id:Topaztan:20210712143727j:plain

f:id:Topaztan:20210712143815j:plain


ヨトゥンヘイムへー再び喋らせてもらえないロキー


 ソーの提案で皆でヨトゥンヘイムへ行こうとしますが、門番ヘイムダルに遮られます。

 ここは私が、とちょっと得意げに進み出るロキ。しかし彼は中央付近に立っているにもかかわらず、一番手前に立っている大きなヘイムダルと、ロキの背後に立っている大きめに映る兄ソーの間に挟まれて、2人よりも頼りなく見えます。

f:id:Topaztan:20210712143836j:plain

 しかしヘイムダルはロキに取り合わないばかりか、後で「裏切り者がいる」というニュアンスのことを言う時にちらりと視線を動かしてロキを見てるようであり、ロキをヘイムダルが疑っている様子がわかります。

 

 もういい、とソーが引き取ってヘイムダルに話をつけけます。ヘイムダルとソーが画面を大きく占め、ロキは小さく背景に。その顔は驚いたり怒ったり恥ずかしかったりということはなく、またかというような諦念とむっつりした表情が浮かんでます。

f:id:Topaztan:20210712143853j:plain

 ロキを除く皆がズンズン進んでいきます。しかもヴォルスタッグは「銀の舌はどうした」と蔑みの言葉をすれ違いざま投げかけていくのです。そしてみんな笑うのです。


 ここからいくつかのことが読み取れます。

 まず構図的に、取り残されたロキの孤独感が伝わってきます。

 そしてそのような蔑みを臣下から投げられても、ソーを含め誰も疑問に思わない状況であり、日常的にこのような扱いを受けてたのではと想像されるわけです。そして実際、ソー追放後の会話で、友人たちがロキを快く思っていなかったことが話されます。

 これまで王家や公の場でのロキの立場の小ささが描かれてきましたが、兄の友人という仲間内でもそうであることが描写されたわけです。


 銀の舌と言われるからには、多少は彼の弁舌が冴えるシーンもあったのでしょう。彼は話すことは得意だとは思われていたようです。しかし結局は本当に認めてはもらっていなかったこと、ソーの態度からして何か重要な交渉ごとには不適格と思われていたらしいことがわかるのです。

 いそいそと名乗り出た得意分野でも認められず発言も遮られるロキのつらさが伝わってきます。


ソー追放 ー三たび喋らせてもらえないロキー

 

 ヨトゥンヘイムで危機になった時、ソー一行はオーディン助けられて一旦アスガルドに戻りますが、このビフレストの門番の部屋で、ソーとオーディンが激しく言い争います。以前の武器庫の言い争いの再来です。


 ここでもまた、ソーとオーディンの対等な論争とロキの疎外の様子が構図上でもはっきり表されます。しかもなんと、オーディンに対して映画内で大人になって初めて口をきこうとした途端、言葉にならない大声で怒鳴りつけられて、黙らされてしまうのです。ちなみに「怒鳴る」という行為の暴力性は日本ではなかなか実感されませんが(どなる男性多いですよね)、欧米では相当に失礼で野蛮な行為です。

 この社会ではロキに対しお前は黙っていろという圧が強いことが、三回の「発言しない、できないロキ」のシーンによって非常に明確にされ、ロキの感じている疎外感や抑圧感を充分に描き出しているのです。

 ちなみにヨトゥンヘイムでも、危機的状況になった時ロキが撤退を進言してもソーはKnow your place、身の程をわきまえろと言って切り捨てます。ソーも、自分をおだてるような言葉なら受け入れても、意に沿わないことを言えばそのように見下した言葉でロキを黙らせます。オーディンもソーも、ロキの発言などまるで尊重していないのです。

f:id:Topaztan:20210712143952j:plain

 細かく見ていきましょう。このような左右対象のミディアムアップの構図でソーとオーディンの対等な、緊張した対話が交わされます。

f:id:Topaztan:20210712144035j:plain

f:id:Topaztan:20210712144057j:plain

 時折黙って下に目線をやっているロキが挟まれます。

f:id:Topaztan:20210712144129j:plain

 激しくなる口論に、ロキも思い切って発言しかけます。上からのアングルで、ロキが見上げていることを強調し、上下関係を印象づけます。

f:id:Topaztan:20210712144207j:plain

 ですがグアー!!というオーディンの一喝で黙らされます。オーディンは今まで右側に映っていましたが、この一瞬だけ左側に映ります。単にソーとロキから見た位置の違いというより、オーディンがソーとロキで対応を変えていることを視覚的に表したものと捉えることができるでしょう。

f:id:Topaztan:20210712144236j:plain

 一喝を受けたこの表情。驚きはなく、またかという感じです。ビフレストで黙らされた時の表情と同じです。ちなみに右側の太陽のようなモチーフは、常に太陽のように輝く父や兄の影にいたロキをイメージさせるようです。

f:id:Topaztan:20210712144308j:plain

 そして何事もなかったかのように続けられるソーとオーディンの対話。

f:id:Topaztan:20210712144335j:plain

f:id:Topaztan:20210712144423j:plain

 この辺りからミディアムアップでなく交互に顔同士がどアップに。ソーとオーディンが真剣に思い切りぶつかり合うさまが構図でわかります。

f:id:Topaztan:20210712144459j:plain

f:id:Topaztan:20210712144543j:plain

 そして相変わらず蚊帳の外のロキ。この後ソーが地球に吹っ飛ばされます。

f:id:Topaztan:20210712144607j:plain

 


■ 再び武器庫へ ー出自の認識とこれまでの立場の低さがつながり、一本の線にー

 

 ロキは1人武器庫へ。ヨトゥンヘイムの遠征の時に、ヨトゥンに腕を掴まれて大丈夫だった上に、肌の色がヨトゥンと同じになるのに気づいたためです。


 このシーンは大変重要であり、本作のターニングポイントになります。

 冬の小箱を前にしたロキが中央に単独でミディアムアップ。このシーンでは、これまでと違いロキは単独で中央や中央付近にいることが多く、ロキの物語であることが構図的に印象づけられます。

 またこのカットでは武器庫の斜めに傾いた壁の線が、ロキを押し潰さんばかりにぐいぐい迫っていて、ロキの心情を示しています。

 同じ視点からの以前の武器庫のカットと比べると一目瞭然です。

f:id:Topaztan:20210712145012j:plain参考

f:id:Topaztan:20210712145059j:plain

 小箱を持ち上げたロキにオーディンが、やめよと大きな声をかけ、カメラが移動します。

 背景に映る小さな登場人物は不道徳であることも多いという映画的文法がありますが(:『映画分析入門』マイケル・ライアン メリッサ・レノス著、フィルムアート社、55ページ)後の展開を考えると今回はこれに該当しそうです。

f:id:Topaztan:20210712145124j:plain

  光の窓を背景にこちらに背を向けたまま、私は呪われているのですか、と問うロキ。いや、と言われるも畳み掛けて、私は何なのですかと問うのに対して「そなたは私の息子だ」と応じるオーディン。この時のカットの右側はまだほのかに金色の扉が映っていて、まだ王の権威や正しさがうっすらあるのが感じられますが、左側はすでに暗い闇に沈んでいます。

f:id:Topaztan:20210712145236j:plain

f:id:Topaztan:20210712145145j:plain

 振り返ったロキは半分青く、ヨトゥンの姿に。

 このやりとりでは、今までオーディンが担っていた、武器庫の光の窓を背景に中央に立つという構図を、今度はロキが担っています。そしてこれ以降オーディンは一貫して、暗い背景の中、不自然なほど右側に寄って顔だけ出している構図になっています。これは攻守逆転というか、力関係が逆転し、ロキが権威ある側に立ち、オーディンがそうでない立場に立つことを暗示してると共に、オーディン側に何か明るみに出したくない隠し事があるような雰囲気を与えています。

 またこのカットは、この壁面から現れるデストロイヤーもイメージさせ、のちにロキがデストロイヤーを派遣することと繋がります。

  戦場で持ち帰ったのは冬の小箱だけではないでしょうと詰められるオーディンもはや金色の扉も背負わず、ぽっかりした暗い空間の右端に。

f:id:Topaztan:20210712145338j:plain

 一旦カメラはオーディンとロキを引きで撮りますが、ここでもオーディンはもはや金色の扉を背負っておらず、奇妙な紋様が描かれた暗い壁がうっそりと右半分を覆い、圧迫感が。

 また階段によって、二人はまだ力関係があることが示されます。しかし式典の時ほどの隔絶感はありません。

f:id:Topaztan:20210712151214j:plain

f:id:Topaztan:20210712151238p:plain

f:id:Topaztan:20210712151310p:plain

 私を拾ったのには目的purposeがあるでしょう、それは何ですかと問うロキ。(この「オーディンに目的がある」は後にフリッガも繰り返します)

 感情がどんどん昂っていき、Tell me!と叫ぶロキ。しかしオーディンの位置は変わらず、テンションも変わらずです。ソーとオーディンのビフレストの門番小屋での口論で、ソーのヒートアップに対してオーディンもヒートアップしていったさまが、二人の構図の変化で現れていった様子と全く違います。

f:id:Topaztan:20210712151345p:plain

f:id:Topaztan:20210712151413p:plain

オーディンは落ち着き払って、2つの国をお前を通じて統合し平和を築くためだという曖昧な答えを返します。何回聴いても、具体的にどうしたいのかよくわからないセリフです。しかも今ではそれもどうでもいいという。

 それに怒ったロキが、つまり私は、いつかなにかにするためのもう一つのrelic(骨董品、遺物)で、盗まれて保管されていたんだなと。自分が冬の小箱みたいなものだと言っています。確かにオーディンの言葉からはそう受け取れます。

 しかしオーディンは私の言葉を捻じ曲げて受け取ってるといいます。お前は私の息子だ、お前を真実から守るためだったと言うのです。真実!両親が夜子供に語って聞かせるモンスターであるヨトゥンだという真実からかと叫びます。そしてオーディンがなぜソーをひいきしてるかわかったと。そしていくら愛してると主張しようとも、フロストジャイアントを王位につけるつもりはないのだと。


 ロキがモンスターと言い出したあたりから、オーディンは顔を背けて階段に座り込みます。明らかにこの画面からも話題からも逃げたい感じです。

 しかしロキは追求をやめず、階段を登っていきオーディンに対してのしかかるような位置に。

その時ロキもまた闇の中に浮かび上がる形になり、彼も何かダークなものに飲み込まれたことが感じられます。

 ちなみに両親が〜というのは、他ならぬこの武器庫で、ヨトゥンを倒した武勇伝をソーとロキに語って聞かせたオーディンとも重なります。あの仲睦まじく見えた時代から悲劇の種が撒かれていたわけです。

しかしここで思いがけないアクシデントが発生。オーディンがそのまま眠りに入ってしまいます。

f:id:Topaztan:20210712145540p:plain

 ロキのアップ。ここまでアップになったことは初めてです。彼はオーディンを追い詰めたことでオーディンに負担をかけたと思ったのか、おろおろして涙ぐみます。瞳にたまった涙がはっきり見えます。

f:id:Topaztan:20210712145432p:plain

 ロキの心痛の表情。彼はオーディンの様子に心底心痛めてるのがわかります。先程よりも闇は薄らいでいます。

f:id:Topaztan:20210713130625p:plain


 それにしても、このシーンではオーディンはかなり「my son」を連呼しており、言葉上は息子としてロキを愛してるというメッセージを送っています。しかしその一方で、上記に述べたように、オーディンの説明は不誠実ですし、全体に色々はぐらかしているようで、何よりこの面倒な話から逃げたいというニュアンスが伝わってきます。ロキはオーディンから愛してると言われ続けていたようですが、ソーに対するように真正面からロキにぶつかっておらず、構図的にも真正面のカットはありません。またこれらのことに加えて、今までの発言を封じたり、いないかのような扱いを見ると、とてもロキをソーと平等に「愛してる」とは見えません。

 このように、言葉と態度で矛盾するメッセージを受け取る子供は、ダブルバインド(二重拘束)状態になり、大変不安定な状況に置かれます。どちらを信じて振る舞っても「正しい」状態になりません。実際ロキは自分も発言できると信じてオーディンに何か言いかけましたが、黙らされました。そういう状態の人は周囲に不信感を抱き、うまく人間関係を築くことが難しくなります。ロキが兄の友人メンバーから蔑まれ嫌われているのも、彼自身の性質が合わないというのに加え、のそのような生育環境も関係しているかもしれないと思わせます。ロキは幼少時に平等に扱われた思い出(それこそ平等に王位継承権があると言われた)と現在の境遇に引き裂かれているかもしれません。そして倒れたオーディンを気遣って涙するように、根は家族を愛してしまっているのでしょう…自分が愛されてるかどうかは甚だ不確かながら。



オーディンスリープ ーフリッガの優しさとその限界


 寝室の舟形のベッドで眠るオーディンを挟んだ母子の会話シーンです。

f:id:Topaztan:20210712145655j:plain

 このシンメトリックで水平な構図、金色に輝く豪奢な寝台やそれを取り巻く光は玉座を彷彿とさせます。しかしオーディンがそのような玉座のような空間にいるのに対し、フリッガとロキは闇に沈んでいて、寝台にはばまれてお互い遠くにいます。2人がオーディンを介してる存在であること、同時にオーディンによって引き離されてもいる存在であること、お互いの気持ちが実は離れてることを示唆しています。フリッガはロキを思いやる気持ちはありますが、彼の心情は実は理解しきっておらず、基本的にはオーディンの立場です。王位継承式典の序列でも描かれたように、そもそも彼女はオーディンよりもはるかに権威のない存在であり、彼女がどう思おうと、オーディンの決定のは逆らえません。そしてロキもまた内心を吐露していないというよそよそしい関係が構図的に表されているのです。


 二人ははじめオーディンの状態について話し合っていますが、ロキがなぜオーディンが嘘をついていたのか尋ね、先程のオーディンスリープで中断された問題が再び俎上に。

f:id:Topaztan:20210712145835j:plain

 フリッガは、先程のオーディンのセリフと同じく、真実からあなたを守るためだったと言います。このセリフのカットでは眠るオーディンがフリッガより前に大きく映っており、それはオーディンの意向であることを暗示します。フリッガは背景におり、彼女はオーディン側にいて彼の意見を代弁しているといえます。

f:id:Topaztan:20210712145724j:plain

  ロキが写ってるカットでフリッガは「あなたは私たちの息子、私たちは家族です」という言葉だけ聞こえます。実はこの言葉のカットにはフリッガもオーディンも入ってないことに注意が必要です。

 ロキはまばたきして目を落とすばかり。彼は言葉を受けて少し動揺するも、額面通り受け取ってないようです。


 次いで2回にわたってフリッガがアップになり、私たちは父上が戻る望みを捨ててはなりません、ソーが戻る望みも、と続けます。そこにはオーディンはもはや写っておらず、彼女自身の意思を語っていることがわかります。

 彼女は身を乗り出して、先程よりも熱心に話してるようです。彼女にとって、ロキの出自問題よりも、オーディンが眠りから覚めるかどうか、ソーが帰ってくるかどうかが重要な関心事であることを示唆します。そしてロキにとっても当然そうだろうというニュアンスが「we」という主語で表されています。

f:id:Topaztan:20210712145806j:plain

 フリッガは確かにオーディンやソーに比べればロキに優しいのですが、彼のショックの大きさは理解しておらず、おそらく以前オーディンと打ち合わせた内容を繰り返すばかりで、彼女のサポートにも限界があることがわかります。

 また彼女は、オーディンのすることのは必ず目的purpose があると言い、それがソーの帰還につながるというのですが、ロキを拾ったpurposeは宙ぶらりんです。それもまた兄弟の非対称性を感じさせます。


王代理としてのロキ ー不安定で支持されない権力者ー

 

 ウォリアーズスリーとシフが、王代理として王座に君臨するロキと対面するシーンです。

 初めウォリアーズたちが映り、ついで玉座が写りますが、オーディンがいると思った王座にロキがおり驚きます。

f:id:Topaztan:20210712145904j:plain

f:id:Topaztan:20210712145922j:plain

 オーディンがいた時と異なり、全体の色調は暗く、よく見ると構図もシンメトリーではありません。そして衛兵が物々しく立っています。

 注意すべきは、玉座にいたのがロキだと発覚した以降、王座の前に立つロキとウォリアーズたちを写すカットがたびたび挟まれるのですが、常にアングルが斜めに傾いている点です。しかも中央に直立するロキを配することで角度が非常に強調されています。今まで王座を撮る際は水平であったのに比べ、大変異様な雰囲気です。

f:id:Topaztan:20210712145945j:plain

f:id:Topaztan:20210712150005j:plain

 このアングルのカットは明らかにオーディン在位時との対比を強調するもので、オーディンの時の水平のアングルが安定や永遠性、正しさ、崇高さを感じさせたのに対し、ロキを中心に大きく斜めになったアングルは不安定、不正、胡乱さを感じさせます。

 (ちなみに他でもよく斜めのアングルが使われますが、そこではむしろ写っている人物たちの驚きや不安感、あるいは躍動感を演出するものになっています。そういう時はカメラも動的です)


 ウォリアーズたちはロキが王座にいることに不信感や嘲りをあらわにし、怒って立ち上がったシフを宥めてひざまづくも、方便にすぎません。

f:id:Topaztan:20210712150025j:plain

f:id:Topaztan:20210712150048j:plain

 ロキもウォリアーズたちによそよそしく威圧的です。オーディンの時にはいなかった衛兵を近侍させているのも、己の権威に自信がなく武力で臣下からの叛逆に備えようとしているかのようです。



一発逆転を狙うロキ ーオーディンの命を救う演出


 なんとしてもソーの帰還を阻み自分が王座を継ぐことを確定させたいロキは、一方でデストロイヤーをソーの元に送り込むと同時に、一方でフロストジャイアントを宮殿に誘い込み、オーディンを狙わせて危機一髪のところで、グングニルで倒すという演出を行います。


 フロストジャイアントを倒した後の、このグングニルを右手に持った構図はオーディンそっくりで、ロキがオーディンの正当な後継者になれたかのような瞬間です。

f:id:Topaztan:20210712150109j:plain

参考

f:id:Topaztan:20210712151133j:plain

 フリッガが駆け寄りロキを抱きしめます。ロキは中央に立たずやや左に突っ立っていて、実は見えていませんがオーディンが中央にいる状態です。

f:id:Topaztan:20210712150135j:plain

f:id:Topaztan:20210712150201j:plain

 しかしそこにソーが帰還!

 黄金の壁や扉の華やかな装飾を背に、単独で中央にバンと現れ、アングルも水平であり、視覚的に彼の方に王としての正当性や権威があることを感じさせます。

f:id:Topaztan:20210712150236j:plain

 さっきハグしていた母がさっと離れてしまい、呆然と見送るロキ。母のハグも兄に奪われます。

f:id:Topaztan:20210712150339j:plain

f:id:Topaztan:20210712150356j:plain f:id:Topaztan:20210712150437j:plain

 眠るオーディンを挟んで兄弟が言い合います。 なぜ自分と友人を殺そうとしたと怒鳴るソーにこれは父上の最後のご命令に従ったのだとうあおぶくロキ。オーディンを背景にしてるのは彼の威信を借りようとしてるのを示すようです。しかしソーは「お前は才能ある嘘つきだ、いつもそうだった」と言い、全く信用しません。

f:id:Topaztan:20210712150525j:plain

f:id:Topaztan:20210712150540j:plain


■ 最後のたたかい ー初めて「対等」になるも最後まで噛み合わないロキとソー、ロキとオーディン


 ビフレストでの最後の戦いが始まります。門番小屋の入り口で、アスガルドの宮殿を背に立つソーと、氷柱の側に立つロキの構図は、それぞれの出身を残酷にも表しています。

f:id:Topaztan:20210712150721j:plain

f:id:Topaztan:20210712150737j:plain

 なんでこんなことしたんだとソーに問われ、父上にふさわしい息子だと証明するためだ「To prove to father that I am the worthy son」と端的に述べるロキ。これほどはっきりとロキの願望を要約した言葉もないでしょう。逆にいうと、worthy son と思われていないことがずっとコンプレックスだったと吐露しているわけです。

 またそのために、オーディンの命を助け、あのrace of monstersを滅ぼしてやるんだと言います。ここでrace、人種という言葉が使われているのは重要です。ロキがヨトゥンヘイム出身であった問題については、現実の人種問題にも投影できることがこのraceという言葉選びから強く示唆されるのです。ロキは今のコミュニティの文化では殺して当然の人種出身であり、それをなんとしても克服する必要があります。

 そうして自分が王座の真実の後継者true heirになると。王位継承式典でオーディンがソーにmy heirと語りかけた時、初めてアップで映って顔を背けていたのと符合します。


 ソーが「You can’t kill an entire race」と言って止めようとすると、ロキはキョトンとした表情に。そしてニヤリと笑って、フロストジャイアントを急に愛するようになったとはどういうことだ、以前は素手で全員殺してやると言ってたのにと嘲笑します。ロキの一連の言葉は、マイノリティが、必要以上にマジョリティの価値観を内面化し、自分の出自属性に対し過剰に攻撃的になることで名誉マジョリティになる思考過程を示しています。

 もっとも確かに、この辺りのソーの心境の変化の理由は充分説明されていません。強いていうなら、オーディンの言うように傲慢な自分が悪かった父上の言うことが正しい、言いつけを守らねば父上はヨトゥンヘイムを討伐することに反対だった、ならばロキがそうするのを阻止せねば という思考回路でしょうか。ロキは「オーディンを殺そうとした」という罪をヨトゥンに着せた(というか仕向けた)ので、前述のオーディンの意向は無効になると考えたようです。

f:id:Topaztan:20210712150808j:plain

f:id:Topaztan:20210712150829j:plain

f:id:Topaztan:20210712150841j:plain

 左右側の2人の顔の単独のアップが交互に表れ、2人が対等に話していることを印象づけます。考えてみるとこのような構図になったのはこの映画で初めてのことで、武力で争う事態になるまでいかに今までソーとロキが対等でなかったかがわかります。

f:id:Topaztan:20210712150858j:plain

f:id:Topaztan:20210712150907j:plain

 しかし対等な構図にもかかわらず、どこか2人の会話は噛み合っていません。

 それもそのはず、ソーは今回の騒動の引き金になったオーディンとロキの会話を知らず、ロキがフロストジャイアントであったことを知らないのです。ロキはそのあたりのことをソーに説明しないので、ソーが混乱するもの無理ありません。

 ロキは王座の真実の後継者true heirになると言った端から、自分は王位など全然欲しくなかったと言います。一見すると完全に矛盾した言い方です。そのかわり、ソーと対等になりたかっただけだと叫びます。

 これらのことを総合すると、このように言い換えられるかもしれません。自分は特に王位など欲しくはないが、ソーと同じオーディンの後継者heirになりたかったと。つまり彼が最初に述べた「To prove to father that I am the worthy son」と同じなわけです。


 ビフレストの発射台が吹っ飛んでビフレストが破壊され、ソーもロキも落ちかけたところ、目覚めたオーディンが現れて2人を何とか繋ぎ止めます。

f:id:Topaztan:20210712150922j:plain

f:id:Topaztan:20210712150941j:plain

 あなたのため、私たちのためにやりましたと叫ぶロキ。画面中央で必死に訴えます。

f:id:Topaztan:20210712151001j:plain

 ロキよりも大きく、中央より少し左寄りでアップで映るオーディン。しかしオーディンはロキに、Noと言います。何に対してのNoなのか(「父上」や「私たち」のためにしたということがNoなのか、やったことそのものがNoなのか。ロキの先程の気持ちは全くオーディンに伝わっていないようです。

f:id:Topaztan:20210712151019j:plain

 ロキはもはや中央におらず、画面左端で悲しげにオーディンを見つめるばかり。

f:id:Topaztan:20210712151040j:plain

 そしてそのまま落下するロキ。構図的にも、オーディンと対照だったり一致していたりすることなく、最後までどこか噛み合わないままでした。

 ソーは終始画面右側に。オーディンとロキの対話が中央〜左側で行われていたのに対し、ソーは蚊帳の外であるのが構図的にわかります。ソーにとっては、このシーンの最後に至るまで、ロキが何に傷つき苦しんでいたかわからぬまま、弟を失いました。

f:id:Topaztan:20210712151103j:plain



3.終わりに


 さて、このように構図や色調などを分析することにより、ロキの置かれていた状況が非常に克明になりました。つまり ロキが発言権を持たず、兄よりも低い存在とみなされ、その一方で言葉上は愛や息子呼びなどを受け取っていたというダブルバインド状態が続いていたのです。

 それに加えて、自分が異なるrace、しかも殺すべきraceの出身であった事実が発覚。それが無茶な手段による自己証明と父からの承認を求める気持ちの爆発につながりました。日頃感じていた自身のマイノリティ性が、マイノリティ人種であったことの発覚で一本の線になってしまい、大爆発を起こしたわけです。


 もちろんロキの行動の原因が分かったからといって、彼の行動が全面的に擁護されるわけではありません。そもそも映画としてはオーディンの後ろめたさや秘匿体質を暗に批判する要素はあるものの、基本的にオーディンが正しく、オーディンに反抗する息子たちは罰を受けるという物語構造になっています。家父長制的体質は温存されており、ロキの行為は「間違っている」とされるのです。


 しかしロキの家庭やコミュニティ内での抑圧や見下し、それによる生きづらさは丁寧に描かれており、そのように周囲からまともに取り合って貰えない辛さを感じる人々にとって大変共感をよぶキャラクターになっています。みんな平等に愛してるよなどと言われながら家庭内できょうだい差別をされている子供などにも大変刺さるでしょう。

 そして彼が殺すべきmonsterと認識されてるrace人種出身であることの発覚がトドメをさしますが、これは現実の人種差別問題とつながる問題であり、実際の人種で置き換えてみるとその深刻さがわかります。ある国の指導者の子供が、ジェノサイドも辞さない戦争中の適性民族出身だと判明したら、何がなんでもそのスティグマを払拭すべく奔走するでしょう。元々家族やコミュニティからの疎外を強く感じていたなら尚更で、誰も自分を守ってはくれないと感じ、自暴自棄になる大いに可能性はあります。ヨトゥンの描写は映画では一貫して恐ろしい怪物以外の何者でもなく、感情移入を一切させない「悪」であり、ロキの感じた恐怖もむべなるかなです。

 

 

 以上、アスガルドを中心とした『ソー』分析でした。次回はヨトゥン 出自問題と絡めて『ソーラグナロク(邦題『マイティー・ソー/バトルロイヤル』)(2017)を分析してみたいと思います。




変更履歴

・7/13に画像を3枚追加しました 

・7/13に■ヨトゥンヘイムへ の項目を加筆修正しました。

 「裏切り者がいる」と言う時に

 →後で「裏切り者がいる」というニュアンスのことを言う時に

 蔑みの言葉をすれ違いざま投げかけていくのです。

 → と蔑みの言葉をすれ違いざま投げかけていくのです。そしてみんな笑うのです。

 ■再び武器庫へ の項目を加筆修正しました

 ・「ヨトゥン ヘイムでの回想が入り、戦場でお前を拾った、息子よと言うオーディンに、彼の息子を愛したのですかと問うロキに、小さくイエスと。力なくおぼつかない返答です。

 ここでオーディンから「愛してる」というニュアンスの言葉を一応引き出せてはいるのですが、ロキはまるで納得していませんし、視聴者も疑わしく感じます」→カットしました。

 ・そしてオーディンがなぜソーをひいきしてるかわかったと。

 → そしてオーディンがなぜソーをひいきしてるかわかったと。そしていくら愛してると主張しようとも、フロストジャイアントを王位につけるつもりはないのだと。

・それにしても、このシーンではオーディンはかなり「my son」を連呼しており、愛してるのかという問いにも一応イエスを返してるので、言葉上は息子としてロキを愛してるというメッセージを送っています。しかしその一方で、上記に述べたように、オーディンの説明は不誠実ですし、愛してることを肯定する言葉も力なく、全体に色々はぐらかしているようで、何よりこの面倒な話から逃げたいというニュアンスが伝わってきます。

 → それにしても、このシーンではオーディンはかなり「my son」を連呼しており、言葉上は息子としてロキを愛してるというメッセージを送っています。しかしその一方で、上記に述べたように、オーディンの説明は不誠実ですし、全体に色々はぐらかしているようで、何よりこの面倒な話から逃げたいというニュアンスが伝わってきます。ロキはオーディンから愛してると言われ続けていたようですが、ソーに対するように真正面からロキにぶつかっておらず、構図的にも真正面のカットはありません。